「記念講演会」

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1985年6月15日に喜舎場永珣生誕百年記念事業の「記念講演会」(場所:西表祖納公民館)で「八重山の先史文化ー西表島を中心にして」のテーマで講演した。8月18日「喜舎場永珣生誕百年記念事業期成会  西表で記念講演 地域住民ら多数参加」という見出しで新聞に記載された。上記の講演文は『喜舎場永珣生誕百年記念誌ー甘きいづみ』(喜舎場永珣生誕百年記念期成会/1991年)に記載された。また、地域と文化編集委員会(池宮正治/上江洲均/我部政男/宜保栄治郎/高良倉吉/仲地哲夫/真栄城守定『地域と文化ー沖縄をみなおすためにー第40・41合併号』(南西印刷出版部・ひるぎ社/1987年2月15日)に再寄稿した。

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「喜舎場永珣生誕百年記念事業」

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1985年は八重山研究の父 喜舎場永珣先生が生まれて100年になる。記念事業期成会が組織され会長牧野清先生を中心に理事として活動した。『喜舎場永珣生誕百年記念誌ー甘きいづみ』(喜舎場永珣生誕百年記念事業期成会/1991年)に大浜永亘「八重山の先史文化ー西表島を中心にして」、『八重山文化論叢ー喜舎場永珣生誕百年記念論文集ー』(喜舎場永珣生誕百年記念事業期成会/1987年)に大浜永亘「嘉善姓一門の系統と八重山のキリシタン事件」の論文を寄稿した。

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「4.轟川川尻貝塚・5.轟川嘉良嶽貝塚群」 その3

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1989年8月6日、白木原和美 熊本大学教授や國分直一 梅光女学院大学教授の両先生方を東海岸一帯の轟川川尻から北のカラ岳の南  スムジ川一帯の低地砂丘地の立地する先史時代「第一期」の無土器時代の地点貝塚へ案内した。一帯の地点貝塚は砂採取で全壊し凹地され客土された。現在の風景です。

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